「そこ」にある手

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今日のタイトルは、師匠である井本邦昭先生に

ふと手を置かれた時についての話しです。


もう何年前になるかわからないが、

太ももの裏の大腿二頭筋に
手を置かれたことがある。

 

硬結を取っているのではなく
圧痛点を取っているのでもないのだが、

 

先生に手を置かれると
とても気持ちが良い。

 

どの箇所に手を置かれても
すべて気持ちがいい。

 

強く置かれても
軽く置かれても

とにかく気持ちがいい。

 

手を離された後でも
先生の手がず~っと
「そこ」にある気がする。


あの感覚は説明しようがない。


理由はわからない。

 

・角度
・圧度
・間合い

 

など、、、


今まで、いろいろ考えてみたが
理由というかその秘密はいまだにわからない。


(書いている人がわからないのだから
これを読んでいる人はさらにわからないと思う)(涙)

 

 

わかりにくいから
その反対の例を出すことにする。

 

置かれて気持ちの悪い手は、

床屋に行って洗髪され、ひげを剃られてから

肩に無造作に置かれるあの手の感じ。

 

あの手は、先生の手とは真反対。


昔、先生が人にさわる時は
「手に気持ちを込める」と
おっしゃったことがあるが、

 

この理容師の手には
気持ちがこもっていない。

「愛」を感じない。


患者さんからは
「先生の手は男の手じゃないね。
ほんとに柔らかい手をしている」

と、言われるが、

 

師匠の手と比べるとまだまだ
雲泥の差がある。


(やれやれ、、、まだまだ修行が足りない)

と、いうことです。

 

 

 
 
 

 

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