ベーブ・ルースを救ったマシアス牧師

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今日は、今をときめく有名人が

10代にやっていたこと

 

偉人と呼ばれた人の
おちゃめな10代を、
紹介していきます。

 

「えっ、あの人が・・・?」
きっ、自信になること請け合いです。

 

今日は、野球の発祥の地である
アメリカでも、国民的ヒーローである
ベーブ・ルースです。

 

 

1895年2月に生まれた。
(日本では、日清戦争)

 

・最初にアメリカ野球殿堂入りした


・シーズンホームラン60本、

生涯通算ホームランの714本は
長い間、最多記録であった。

 

・賭博がらみの「八百長疑惑」で

人気が地に落ちていた野球を、

アメリカ最大の人気スポーツにした
「アメリカ野球最大の巨人」と呼ばれる。

 

 

 

そんな栄光に満ちた彼も、

お父さんが、酒場の仕事で忙しく


お母さんは、病弱だったため
ろくな教育を受けるチャンスが

なかったため

 

 

学校をさぼっては、

通りをうろつき


町の不良たちと喧嘩、万引き、飲酒、喫煙

 

 

非行少年だった

 

 

7歳の時には

あまりの悪さに両親が

面倒見きれず全寮制の矯正学校

 

「セント・メアリー少年工業学校」に送られた。

この当時、読み書きが

満足にできなかった。

 

 

しかし、

 

実家が酒場であったため、

物心つくころより店のメニューだけは

見ていたため、食べ物の名前だけは

読むことができたという。

 

 

この学校で
ルース少年は

”運命の出会い”をはたす。

 

 

⇒ 人間の進路の境目には
決まってその人にぴったり合った
重要な人間に出会うようだ。

 

本人の資質よりも
”人との出会い”こそが
ポイントのようである

 

 

メンターともいうが。

この恩人の名前が


「カトリックの神父さま
ブラザー・マシアス・バウトラー」

 

 

 

この後
マシアスさんと表記する。

マシアスさんは、今すぐに

俳優になれるほどの美男であり、

 

身長も2メートル近く

あったそうである。

 

 

また、自分で作った布製のボールを

片手でバットを振り、100メートル以上

飛ばすほどの怪力だったそうである

 

 

その時、ルース少年は


「それまでに体験したことのない

威圧感と畏敬の念を覚えたという」

 

⇒ 習う側としては、

初心の頃または子どものころは

”教師”になる人は、

 

・大きい人
・圧倒的な人

 

がいいように思う。

 

 

理屈をこねるタイプではなく
実際に見せてくれるタイプが
”わかりやすい”

 

 

子供心に思うのは
”忘れられない思い出”が、

一生印象に残るから

 

 

マシアス先生を
尊敬しているルース少年。

 

 

その彼から、”野球”を習うのである。

 

 
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