「引きこもり」がパブアニューギニアに転地療養して治ったわけ

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「鈴木さん、今日のブログは
なんかいつもと色合いが違いますね、、、」
 
「そうですかねぇ~。
 
でも、これっていい話しだと思いますよ」
 
 
 
この話しのネタ元は、
鈴木がいつも見ているサイトからのもの。
 
 
日本の大学を出て、縁あって
オーストラリアの大学に
留学した方がいました。
 
その後、諸般の事情により
パブアニューギニアへ
住むようになったのです。
 
※パブアニューギニアは、
オーストラリアの北にある島。
 
北半分は、インドネシア。
 
 
すると、どういうわけか
彼が「日本人」というだけで
 
パブアニューギニアの人々は
彼に『尊敬」の念を持って近づき、
 
その様は、まるで、「アイドル」のような
扱いを受けたそうです。
 
 
なぜ、彼が「日本人」だけというだけで
そういった待遇を受けたのか?
 
 
「どんな理由だと思いますか?」
 
 
それは、今から遡ること
大東亜戦争時の日本人兵士の
「あり方」なのです。
 
 
当時は、帝国主義がはびこる時代。
 
「強いもの」が勝つ時代。
 
特に、西洋列強のイギリスは
その傾向が強かったのです。
 
 
むちゃくちゃなアヘン戦争を
仕掛けて中国をむしり取り、、、
 
他にも、インド、オーストラリア、アフリカなどを
どんどん侵略してきたのです。
 
 
当然、イギリスの配下にある
オーストラリアは、パブアニューギニアにも
その手を緩めないのです。
 
 
当然の結果として、
白人は、パブアニューギニアの
人々を虐げてきました。
 
当然のように、「暴力の支配」を
続けてきたのです。
 
 
そこへ、表れたのが、
日本だったのです。
 
 
日本は、石油が欲しくて
石油が出る国を侵略しました。
 
ただ、違ったのは、、、
 
日本人は、オーストラリアの人とは違い
パブアニューギニアの人々に
 
「上から目線」をすることもなく
やさしく接したようです。
 
 
そのおかげで、戦後、
パブアニューギニアの人々は
「日本」という国家に親近感を持った。
 
と、いうより「日本人」に
親近感を持ったのです。
 
それが、今から70年ほど前のこと。
 
 
そこらへんの話しが、
おじいさんから、親へ、
面々と受け継がれてきた。
 
そして、今に至るのでしょう。
 
つまり、親日国だということ。
 
 
言葉では、軽いけど、
これは大変なことですよね。
 
 
そんな状況下にある、
パブアニューギニアに
 
「引きこもり」が行ったら、
どうなると、あなたは思いますか?
 
 
パブアニューギニアの人が
尊敬する日本人(ほんとは引きこもり)に対して
 
 
「あなた、日本人ですか?」
 
「はいっ、そうです」
 
「あなたの国は素晴らしい。
だから、きっと、あなたも素晴らしい人間だ」
 
「・・・・・・」
 
「謙遜しているんだね。
そんな姿も、日本人らしくていい」
 
 
そんな話しを、パブアニューギニアの
人々に会うたびに言われたら、、、
 
 
どんな病気でも治ってしまう
 
と、思いませんか?
 
 
 
 
 
追伸
人は、自己受容感が低くなると
自分を「いや」になるのです。
 
自分を「いや」になったら
そりゃ~生きていけませんよ。
 
 
今風の「ありのままの自分でいい」
とは、わかっていても、、、
 
それが、できないから
「引きこもり」になるわけで、、、
 
 
そんなどうしようもない時に、
 
 
パブアニューギニアの人が
 
「私はあなたを大事な人だと思っています」
 
と、いったニュアンスのことを
笑顔で言ってくれたら、、、
 
 
確かに、人生は変わるでしょうね。
 
 
 
 
 
 
 
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