-井本整体横浜室-よしみ整体[鈴木好美]

神奈川県横浜市保土ヶ谷区西谷町766-4ルミエール1階

10.04 家康(大坂の陣決戦前)に武器を贈ったオランダの真意

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現在、映画館では

歌舞伎役者の中村勘九郎が
猿飛佐助に扮した映画『真田十勇士』が
始まっている。

 

ちなみに、猿飛佐助は
真田信繁(幸村)の伝説の策士。


※NHK大河ドラマではすでに
真田幸村がオンエアーされている。


と、いうことで

街を歩いていても、
ネットサーフィンしていても
次のようなキーワードが目に飛び込んでくる。


真田信繁(幸村)
大阪の陣


などなど


そして、それに関する
誠に興味的な話が新聞に出ていた。

 


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オランダ人が見た「大阪の陣」

 

(歴史好きな鈴木には
絶対に見逃せないタイトルだ。これは!)

 

徳川方が豊臣家を滅ぼし
日本史の転換点となった
大阪の陣(1614~1615年)を

在日していたオランダ人は
どう見ていたのか?

 


内容をわかりやすく箇条書きにすると、、、


オランダ東インド会社の商務員として
大坂や京に滞在したオランダ人によって
書かれた文書507点が発表された

 

文書507点の大半が初出
1609~1633年に書かれたもの


※歴史背景

1609年:オランダは幕府から貿易の許可を許され
長崎県平戸に商館を建設。

商務員を大名、商人に接触
情報収集としてこの文書が書かれた。

 


その貴重な文書によると、、、


・1615年9月24日(大阪夏の陣後)

「決戦前にオランダ所有の武器を家康に供出」

 

・1615年10月28日

「家康に大砲、火薬、散弾を贈与」
「側近のの本多正純には
金属製ファルコネット砲を贈る」

 


と、ワイロを送り、
徳川家(幕府)に媚びをうった。


もちろん、
徳川が豊臣に勝つと見込んでの事。

戦後、カネになる貿易のうまみを
独占するためにだ。

 

 

また、


・1615年1月29日(大阪冬の陣後)

「豊臣秀頼の命令で大坂城周りにある
15,000件の民家を燃やした」

※類焼を防ぐため


「秀頼が堺を燃やし尽くすとの
うわさが流れ堺の人々が恐れていた」

※生生しい証言だ

そして、最後の戦い(冬の陣)が近くなった


・1615年5月1日

「家康が秀頼に、秀頼傘下の勇将である

真田信繁(幸村)、長曾我部盛親、後藤又兵衛を
大坂城から退去させろと交渉を行っていた」

 

※家康、戦いを優位に進めるため
こんま細かいとこまで目を配っていたのだ

 

・1615年6月11日

「家康軍は、6月3日大坂へ出陣。
その後、秀頼、他大名は切腹」

 

そして、豊臣家は滅んだ。


※そして最後の戦いの前に
「先が無い」と見切った裏切り者を

大坂城の石垣から突き落としたという
誠しやかな話しも伝わっている

 

 

 

 


追伸
これがビジネスなんだね。

 

カネを儲けるために
あらゆる手段を使う。

 

現在でも、同じことが行われている、(-_-;)


参照:20160917讀賣新聞朝刊

 

 

 
 

 

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