今日は、西岡常一
『木のいのち、木のこころ:「天」』を
読んで、ブログを書いています。
この本は、懐かしい。(^^♪
時期で言うと、、、
「初等講座」から「開業前」まで
手元に置いて、何度も何度も読んだ本だ。
2010年4月に「井本整体」に入門。
2014年7月3日、「よしみ整体」を開業。
この間だね。
「鈴木さん、開業が
4年目なんてすごいですね」
と、言う方もいらっしゃると思うけれど、、、
鈴木は、同期のLさんが
開業したと聞いて
慌てて、「開業」したので
別にほめられることではないのです。
※今、考えると、「早かった」ですね。(涙)
でも、その「早かった」決断が、、、
翌年の認定指導者拝命に
繋がるのだから
人生は、「おもしろい」
※臨床という現場で
実践することは、、、
道場での「練習」以上の
「効果」があったのですね。
それで、この本です。
今回、15年ぶりに読みました。
鈴木は、この本のとおりに
「焦らず」「腐らず」「慌てず」
井本整体に、しがみ付いてきた。
間違いではなかった。
「自分」を褒めたいぐらいです。
入門して、21年目を迎えましたが、、、
「本物の技術」を
この体に焼き付けるには、、、
「時間」という代償を
支払わければいけない
と、いうことなのです。
<一人前の職人になるためには
長い修業の時間がかかります。
近道や早道はなく、
一歩一歩進むしか道がないからです。
学校と違って、頭で記憶するだけではだめです。
また本を読んだだけでも覚えられませんな>
→「今」でも、新しい発見があるのです。
そのたびに、今までは
「頭」での理解だったのだな。(涙)
と、落ち込みますが、、、
「過去」を振り返っても仕方ないですからね。
<私らが相手にするのは檜(ひのき)です。
木は人間と同じで一本ずつ全部違うんです。
それぞれの木の癖を見抜いて、
それにあった使い方をしなくてはなりません>
→失礼ながら、、、
檜(ひのき)を患者さんに例えると
その意味がよくわかります。
仮に患者さんが腰痛で苦しんでいても
患者さん一人一人、
「理由」「原因」も違いますから。
<法隆寺を造り守ってきたのは、
こうして受け継がれてきた木を生かす技です。
この技は数値ではあらわせません。
文字で本にも書き残せません。
それは言葉にできないからです。
技は人間の手から手に
引き継がれてきた「手の記憶」なのです>
→患者さんからは、
「よく覚えていますね」と
いつも不思議がられていますが、、、
これって「覚えて」いないのです。
さわっているうちに「思い出す」が
一番近い感覚かもしれませんね。
<自分だけで勝手に
生きていると思っていると、
ろくなことになりませんな。
こんなこと、仕事をしていたら
自然と感じることでっせ。
本を読んだり、知識を詰め込みすぎるから
肝心の自然や自分の命が
わからなくなるんですな>
→これって「よく」あります。
基本とおりにやると
どうも「しっくりこない」
その時は、相手の「欲しい」方へ
手を持っていくと「いい」ことが多い。
つまり、患者さんの生命の「要求」に
したがって「施術」を行うのです。
<われわれと学校や
今の教育は違いますな。
まず手取り足取り教えますな。
わしらは一切そんなことをしません。
本は読まんでいい。
テレビも新聞も見習い中はいらん。
こうですわ。
こんなですから今の教育に
浸った人たちは何と理不尽で、
遠回りな古くさいもんやと思いますやろ。
しかし、これが一番の早道ですな>
→「体」で覚えるということですね。
<教わる弟子のほうも大変やし忍耐がいる。
しかし教える側も大変なんでっせ。
よっぽどの慈悲心、親切心が
なければやれませんわ>
→そうだと思う。
井本先生、ありがとうございます。。。
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